ひとこと

「ひらがな推し」を楽しく見ているけど、高瀬さんが臭うって意味の英語をit's smellって言ったように字幕がなってるところ、たぶんit smellsと言ってるよね。それだけ。

2018.05.14 | Comments(0) | Trackback(0) | 乃木坂・欅坂

メモ

ブログを更新していないということは、怠惰だったということで、実際はけっこうキーボードを叩く時間をこのところ増やしているのだけれど、表に出す感じでもないので、外面的には不活性のようになってしまった。語り直しについてはまたいずれ。それから、テキストに関する漫談という表現方法についても考えたいなあと思う。

ところで、ひらがなけやきの宮田さんのブログはとても文系女子って感じで良いなあと思う。安定もしているし、そつのなさと個性をとても高いレベルで両立している。何か連載するような仕事がいつか来たとしても、もうなんの心配もないんじゃないかなあと思う。

という、何様だよというようなお話。

2018.05.11 | Comments(0) | Trackback(0) | 乃木坂・欅坂

語り直し(retold)についてのメモ

以前から、友人に何がやりたいかという話で、古典の語り直しがやりたいと語ってきた。

それは著作権が切れていて面白い作品がたくさんあるにもかかわらず、それをいまの若い人に読んでもらうのに、翻訳という方法だけでは限界があるのではないかと思っていたからで、映画やゲーム、漫画のようにメディアを変える際にはそれを言い訳として場面の再編成ができるのに、同じ文字同士だからという理由で遠慮していては、言葉でのエンタテインメントはどんどん低迷していくのではないかなと思ったからだった。

もちろん、言葉の天才が残したものを「語り直す」には才能かうぬぼれかどちらかが必要で、その欠如が妨げになるのは事実だと思う。しかし、そもそも文学とはシェイクスピアだって語り直しなのだし、フランスやドイツの古典演劇だって語り直しなのだから、古典を神聖視する必要はなく、うぬぼれない者でも気軽に試みることこそ重要だろう。彼らが天才だから許されたというなら、おそらくは彼らの同時代の、同じ事をしながら埋もれていったたくさんの作家がいることが反証として挙げられるだろう。埋もれれば誰の迷惑にもならず、埋もれなければ天才の証明になるとすれば、語り直すことに躊躇する理由はない。

この構想自体は以前からあったのだが、具体的にどうすれば語り直せるかを考えて、たとえば個々の語り直しごとに自分でその原作への忠実さを数値で示すようなことも考えた。しかし、たとえば美しい叙述の部分は正確に訳し、現代の視点からすると描写過剰な部分は簡略に書き直したとしたら、その全体について忠実さの点数を付けるのは難しいことである。

そこで、同じ1つの語り直しのなかに複数のラベルを導入して、明示することを思いついた。[解説][語り直し][超訳][翻訳]の4つを用いるのが良いように思う。もしかすると[翻案]もあっても良いのかもしれない。
[語り直し]と[超訳]の差が分かりづらいかもしれないが、前者はそこで述べられている出来事をいったん原テキストから離れて再構成し、現代的に書き直すということで、[超訳]は原文を順に訳しつつも、リズムが合わないとか、説明がくどいとかいうときに、作者が現代の日本語作家だったらどう書いていただろうという立場から魅力的な文章に整え直すということである。こう説明するとややこしいが、簡単に言えば[翻訳]というラベルが持つ忠実さに窮屈さを感じたときに、明示したうえで原文を離れて訳すのが[超訳]である。

なお、個人的な考えとしては、たとえ[翻訳]と付けてもそこにおいて厳密さは追求されない。たとえばギリシア語が読めないにも関わらず訳したくなったとしたなら、重訳も辞さない。理由としては、「語り直し」という方法を選ぶ時点で、すでに多くの忠実さを失っているからであり、また、その厳密さを追究したときに手に取るべき翻訳が日本にはすでに豊富にあるからである。そのレベルを目指すのは「語り直し」の一部としては労力に見合わない。あれにはあれの、これにはこれの良さがある。

このようにルールを決めたので、あとは実際にときどきでも語り直せたら収穫であり、ここで終わっていれば怠惰の表れである。まあ、あまり気負わずにやってみようかと思う。

2018.04.21 | Comments(0) | Trackback(0) | 文学

けやき坂メモ

相変わらず、ひらがなけやき2期生の宮田さんの文章は読んでいてとても心地が良い。ひとりよがりのところがなく、読みやすい文章のツボをおさえたうえで、偶然混ざり込むのではない読みどころを設けている。

文章のうまさが、気づかせないかたちでの技巧にあるとすれば、たとえば

「前回、昔読んだエッセイのことを書いたと思うのですが」

という一見普通の表現がそれに当たる。

「書いたと思うのですが」と断言を避けているけれど、ほんとうに自信がなければ自分の文章を見返せばいいわけで、しかもおそらくは実際に読み返して確認していると思う。だからこの「思うのですが」は書き手ではなくむしろ読み手がそれを思い出すためのクッションとして働いていて、断言することで与える「当然覚えてますよね」というニュアンスではなく「ひょっとしたら覚えてますか、覚えていてくれると嬉しいな」というやわらかな確認の響きを出すために用いられている。

そういうクッション感を全体に漂わせつつ、それがヌケているからではないことが伝わる理知的な文章で、ときに狙ったように「あはれなり」と「エモい」のくだりとかスマホ2連続忘れのくだりを入れたりしているので、うわべの感じの良さの下に、文章を練り上げる力量を分かる人には分かるように忍ばせることに成功している。感性全開で真似できないというのと違う、このレベルで書ける人はなかなかいない、という意味で優れている、大人な才能のあるブログだと思う。

2018.03.08 | Comments(0) | Trackback(0) | 乃木坂・欅坂

メモ

気づけば乃木坂3期生の個人ブログが始まっている。相変わらず僕は久保さんと山下さんのブログを読んでいる。短くなってどう変わるだろうと期待と不安が浮かぶけど、きっと良い方に転ぶだろう。
(ちなみにひらがなけやき2期は相変わらず富田さんと宮田さんのを読んでいる。)


このあいだ、「乃木坂工事中」のバレンタイン企画で、後輩が先輩にプレゼントを渡すという恒例のイベントをやっていて、久保さんと山下さんはいろんな人に好意をほのめかしていた。それについてはいろいろな見方があると思う。節操ないな、とか。

ただ、言葉好きとしてこれは説明しておきたいのだけど、嘘をつかずに多くの人に特別だと伝えることは、表現をたくさん身につけることでこそ可能だし、それこそ言葉の魔力を良い方に使うということなんだろう。

つまり、AさんとBさんのことが好きだとして、これを順番付けしてしまえばそれは1位と2位ということになってしまうけど、Aさんはaの理由だから好きで、Bさんはbの理由だから好きだ、という分にはaとbの理由の関係は上下ではなくて並列になり、その好意も両立する。理由付けはそれぞれにちゃんと説得力になって、それぞれの好意が事実だと保証してくれる。

だから久保さんと山下さんがいろんな先輩に矛盾無く好意を示せたというのはむしろ、言葉を使う能力の高さと、それをひとと仲良くなるのに使いたいという良い意志の表れだと思う。そういう意味で、この2人のブログが好きな自分としては、展開に納得したし、流石だなあと尊敬した。

きっとそういうひとに用いられる言葉こそ幸せだろう。

2018.02.22 | Comments(0) | Trackback(0) | 乃木坂・欅坂

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プロフィール

tieckP(ティークピー)

Author:tieckP(ティークピー)

だいたいどこでも曲を作って、自作曲には詞も書いてましたが、文章を読み書きするのが特技で、最近は欅坂46さんのブログや番組についてメモをとる日々です。乃木坂さんはずっと深川さん推しです。 twitterのアカウントも@tieckP。メールアドレスもtieckP+gmail.com(+の代わりに@で)です。お気軽に連絡どうぞ。

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