佐久間正英さんを悼んで

(いろいろ不義理してしまいましたが、こっそりとここに追悼記事を書くことをお許しください。)

佐久間氏については、もちろんお目にかかったことは無いけれど、
自分にとって大事な音楽家であり、不思議な縁を感じる方だった。

4つに分けることができると思う。
最初は、僕がまだ自分であまり曲を作らなかったころ。
GLAYとラルクは、小室時代やビーイングのあとに、バンドサウンドの時代を強く印象づけて、
個人的にはややひねくれていたこともあってラルクを好きだったけれど、
やっぱりGLAYも聞いていた。HOWEVERより、その前のグロリアスやBE LOVEDが好きだった。

次はエレキギターを弾くようになってからのこと。
女性ボーカルのバラードを作ろうと思って、アレンジの参考にと久々に聞いた
ジュディマリのLOVER SOULという佳曲のギターに度肝を抜かれた。
それから有名な曲を何曲か聴き直すと、どれもギターがぶっとんでいて、
YUKIのボーカルがあまりに耳を引きつけるから気づいていなかったけれど、
それを利用して影ですごいことしてたんだな、と思った。
このTAKUYAの師匠としての佐久間氏はやっぱりすごいと思う。
ありきたりなギターバンドを量産した、だけではないプロデューサーなんだ。

三度目は、tieckPとして一番近づいた、VOCALO CRITIQUEの話。
別の号ではあるけれど、佐久間氏のインタビューが載った同人誌に
拙稿を載せられたのは、感慨深いことだった。
佐久間氏の考えについては、当時、否定的な反応も多かったけれど、
個人的には納得できる部分があった。特に金銭の話。
リッチな音はお金が掛かる、というと安いお金でリッチな音源が手に入る
時代に、個人で完成度の高い楽曲が作れる事実と反しているようだけど、
彼が言いたかったのはたぶん、予算を決めてからそれを材料に配分して料理を作るのか、
料理を作るために材料を揃えてから、あとで会計するかということだったのだと思う。
前者だとどうしても、つねに発想や使いたい音を選ぶ頭の片隅にコストパフォーマンスが
ちらついてしまう。そういう意味でリッチな時代にしか作れない後者の音楽は確かにあった。
90年代は、そういう時代だった。

最後に、前々回の記事でも少し書いたけれど、この一年ほど乃木坂46を、
別に握手やライブに行くほどでもなく、ただ注目して追ってきたのだけど、
そのメンバーのひとりである生田さんが、佐久間氏のいとこの娘だと知った。
佐久間氏が乃木坂の楽曲を褒めたり、生田さんが佐久間氏との共演を願うブログを書いていて、
佐久間氏の病気については公表されていたから、それが叶えばいいいと思っていました。
そこからの急展開については、僕が話さなくても、「生田 佐久間」などとまとめブログを
検索していただければ分かると思いますが、両者のファンとしてほんとうに幸せなコラボでした。
きっと佐久間氏のファンには、(親戚だろうと)アイドルの話題が交ざってきて
不快に思ってる方もいるだろうと思うけど、僕はこのコラボは佐久間氏にとってこそ
一番幸せな出来事だったと信じて疑わないし、楽しそうな氏の映像を僕はずっと記憶し続けるだろうと思う。

佐久間氏の与えた影響は亡くなった後もいろいろ残るし、僕もその末席を間違いなく汚しているけれど、
生田さんが佐久間氏の最後の楽曲に一緒に加わってピアノを弾いたことは、
きっと中でももっとも綺麗な、もっとも澄んだ影響として残るだろう、と思います。

そして佐久間さんのご冥福をお祈りさせていただきます。

2014.01.21 | Comments(2) | Trackback(0) | 未分類

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プロフィール

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Author:tieckP(ティークピー)

だいたいどこでも曲を作って、自作曲には詞も書いてましたが、文章を読み書きするのが特技で、最近は欅坂46さんのブログや番組についてメモをとる日々です。乃木坂さんはずっと深川さん推しです。 twitterのアカウントも@tieckP。メールアドレスもtieckP+gmail.com(+の代わりに@で)です。お気軽に連絡どうぞ。

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