あるいは「悲しすぎて」と比較するとまたどうなるかな?

普通はブログに書くまでもないことを呟くのだと思いますが、自分にとって
ブログの方が読まれることを意識せずに、くだらないことを書ける気がします。
まぁ、こんな辺境に来る人は少ないですからね。

というわけで、呟きかけた「可愛すぎて生きているのが辛い」という表現について。
これはもちろん、レトリックとして、肯定的な表現を強調するのに
否定的な表現を加えることで、意外性や落差を生みだしたものと捉えることもできるのですが、
それだけに終わらない理由として、ほんとに可愛すぎて生きているのが辛いと思える
ことがあるという現実があります。
(そんなことはない、レトリックだろ、ただの、と思う方にはこの先は無意味かもしれません。)

まず可愛いものにも「生きているのが辛く」ならないものがあることを確認する
必要があります。動画を貼るのが面倒なので、文字説明にとどめますが、
例えばMMDで初音ミクがチビミクとLove&Joyを踊っているのを見ても、あるいは
ミクやモモが起き上がれないのを見ても、そんな辛くはならないと思うのです。
この辺の可愛さというのは、ある種現実にありうる、というか子供を見て可愛い、と
思う経験は普通に生きていてもありうるし、まぁ起き上がれないのは昆虫くらいにしても
うまくいかないよー、と必死になっている人を傍から見ればかわいいってなものです。

一方、例えば恋愛サーキュレーションな動画とかを見ていると、辛くなる。
これは、それが起こっている世界が自分のリアルとは別物、というか願望の世界であって
現実には起こらない、という諦めが生じているからではないかな、と思います。
この認識というのは結構奥深くて、その諦めが芸術を生んだ時代さえあるので
悪いものではありませんが、しかし辛い諦念ではあります。快楽を求めた結果辛くなるんだから因果なものです。

まあ、しかし更に一歩進んだ時、今いるこの世界に対して、「可愛い」世界が本当に存在するのか?
と考えるとまた話は複雑になって、むしろ二次元(いや3Dか)上にその「可愛い」世界を達成し得た
この世界に「可愛すぎて生きていたくなる」ということも考えられるんですよね。
こっちの方が健全な気もしますが、今度は芸術やら認識における「身体性」が問われて、
そうした感覚を伴わない限り、それは不十分だと言えるかもしれず、しかし、じゃあ
身体感覚までシミュレートできたり、もっと直接脳に信号を送り込めたとしたなら…
などなど考えてもゴールが見えません。

…ここまで書いて、「死にたい」ではなく「生きているのが辛い」であることの良さについて
まったく書いてないことに気付きましたが、(更にこれは「死ぬのが辛い」とももちろん
比較すべきなのですが)もう自分としては満たされてしまったのでおしまい。

2010.04.21 | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

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Author:tieckP(ティークピー)

だいたいどこでも曲を作って、自作曲には詞も書いてましたが、文章を読み書きするのが特技で、最近は欅坂46さんのブログや番組についてメモをとる日々です。乃木坂さんはずっと深川さん推しです。 twitterのアカウントも@tieckP。メールアドレスもtieckP+gmail.com(+の代わりに@で)です。お気軽に連絡どうぞ。

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